歯科大へ行こう!

岡谷市 竹内 浩一

長女一奈

94年12月21日に待望の2人目が生まれました。長女で名前は一奈といいます。1月いっぱいは飯田の実家にいたのですが、1月29日に岡谷へ戻り、一家4人の生活が始まりました。

一奈は長男優一(4才)のときとは違って夜もよく寝るし、あまり騒がないし、とてもおりこうです。2人目ということもあって親の育てかたが適当になっているだけかもしれません。

マッサージに行きたい!

岡谷へ戻ってから1週間ばかりたった頃、かみさんが

「すぐ近くに腕のいいマッサージができたので行ってもいいかな。」

「まだ若いのに年寄り臭いことをいうな。」

と勘違いした私はトンチンカンな返事をしたのですが、マッサージとはお乳がよく出るようにする母乳マッサージのことでした。

「マッサージしなくてもよく出るじゃないか。」

「私もそう思うんだけど、お友達がマッサージを受けるとおっぱいの具合がとてもいいってゆうんな。」

「なにがいいんな。」

「育児相談にものってくれるんな。」

「ふーん。お金は?」

「1回3000円位らしいに。」

「どんな所か行ってみたいんだろ。」

「そうな。とにかく行ってみたいんな。」

小口ちとせ先生

というわけで2月7日が先生の都合もいいので予約をして行ってみることにしました。「幸助産院岡谷分室」というところで、先生の名前は「小口ちとせ先生」といいます。

当日私は運よく?休みだったので運転手としてついていくことになりました。場所は家から車で5分ほどの場所のはずなのですが、「場所はだいたい知っている。」というかみさんの言葉を信じた結果、なかなかたどり着けず、近くをぐるぐると徘徊することになりました。

私は車の中で待っているつもりだったのですが、

「せっかくだから(なにが!)見ていったら?」

かみさんの言葉で見学することにしました。でも助産院に男が入っていくのはなんとなく抵抗があります。待合室にずらりとおかあさん達が並んでいたら圧倒されてしまいます。

助産院といっても外観は全く普通の家です。とてもおしゃれな家(旦那さんが建築家だそうです。)です。

「こ、ここから入っていけばいいのかなあ。」

玄関から入ってみるとやっぱり普通の家でした。

「ごめんください。」

「はーい。高いところからすみません。」

2階から返事がありました。

「ちょっと様子を見てくるね。」

かみさんと一奈は2階に上がっていったので、私は1人でぼーっと玄関付近に待っていました。

「だんなさんもどうぞ。」

言われて部屋に入ると、2部屋続きのきれいな診察室でした。

かみさんはさっそく先生と色々話しをしたり、本を見せてもらったようで、おとうさんが丁度いらっしゃるので話しをしたほうがいいでしょう、と先生が前置きされて説明してくださいました。

上口唇のつれ

「一奈ちゃんは“上口唇のつれ”があって、松本歯科大学で手術をしてもらったほうがいいと思います。」

「じょ、じょうこうしんのつれ???、しゅじゅつ???」

突然のことで私はびっくりしてしまいました。生まれて2ヶ月の一奈がなんで手術を受けにわざわざ歯科大学までいく必要があるのかとっさには理解できませんでした。

とまどっている私に先生は一奈の上唇をぺろんとめくって、

「この真ん中のすじが普通は歯肉の中心辺りで切れているんですが、一奈ちゃんは歯肉の端まで繋がっています。これを“つれ”といってつれがある子はお乳の飲みが悪かったり、いつもいらいらしていたり、時には髪の毛が逆立ったりします。お母さんのおっぱいにも悪い影響が出るので早めに手術してもらったほうがいいでしょう。」

先生の説明によれば“つれ”のある子は

・授乳の間隔が短い。

・授乳に時間がかかるのでお母さんが疲れてしまう。

・上唇を気にして指しゃぶりをする。

・気になっていらいらしやすい。(よく泣く。)

・髪が逆立つ。

・将来、前歯の間に隙間が空きやすい。

などの症状が出やすく(違っていたらごめんなさい。)、手術をするのであればまだ状況がよくわかっていないなるべく小さいうちがいいという話しでした。

手術!

「どうする?」

「一奈は髪の毛すごい立っているしなあ。」

「女の子だし、歯並び悪くなったらかわいそうだし...」

「俺も最近やっと最後の乳歯を抜いたとこだしなあ。(歯並びは無茶苦茶悪い。)」

「自分が痛いわけじゃないしなあ。」

「そういうわけで手術しますのでお願いします。」

「ご夫婦で迷われることも多いんですよ。」

先生はそういって褒めて(あきれて?)くださいました。最近は切らない傾向が強いので、とにかく手術して欲しいという強い意志表示を先生の前でしないとやってもらえないというお話しも聞きました。松本歯科大学で診察してもらうには紹介状が必要ですが、これは先生がすぐ用意すると言ってくださいました。

「歯科大学には電話で予約をしてください。多分木曜日が診察日だと思いますが、“とくしんか”に回してもらって、‘助産院で上口唇のつれがあるといわれたが、紹介状を出してもらったので診察して欲しい。’と言ってください。」

電話の掛けかたまで教えてもらいました。その後、かみさんは入念にマッサージを受けました。おっぱいがとてもやわらかくなると同時に、気分もぐっと楽になり、足取りも軽く帰宅することができました。おっぱいは大きさが半分くらいになってマッサージの重要さがわかりました。

電話にて

帰ってくるとさっそく松本歯科大学に電話してみました。

「特診科の笠原教授をお願いします。」

「笠原ですが。」

「岡谷の竹内といいます。小口助産院で紹介してもらったのですが、生後2ヶ月の娘が“上口唇のつれ”があると言われたので診察していただきたいのですが。」

「しばらくお待ちください。」

「ああ、わかりました。2月9日か17日ならいいと思うので午前中に連れてきてください。」

「お願いします。」

疑問がいっぱい

「特診科の受け付けに電話すればいいんな。」

「そうだよなあ。どうも変だと思った。」

「手術の後、一奈は泣くかなあ。」

「そりゃあ一晩くらいは覚悟せんといかんら。」

「簡単な手術だって言っていたけど時間はだいぶかかるのかなあ。」

「終わった後、すぐには帰れんかもしれんに。」

「持ち物は電話でなにかゆっとったかな?。」

「別になかったけど。」

「じゃあ、保険証と母子手帳、紹介状を一応持っていけばいいら。」

「お金は幾らくらいかかるのかなあ。」

「健康保険もききそうもないなあ。」

「そうすると10万円!位は用意してかんと。」

「それだけあるかい?。」

「なんとかするな。」

とにかくあさって松本歯科大学に行くことになりました。

松本歯科大学

9日の当日、娘の手術とあってなんだかとてもおおごとのような気がして、私も休みを取って行くことにしました。優一を保育園に送った後、3人で出発です。

私は飯田の育ちなので「松本歯科大学病院」と聞くと、地元の歯医者さんがさじを投げてしまった重病の患者さんが送られてくる、遠くの大都市にある大変な病院というイメージを持っています。(我ながら田舎育ちだなあと思います。)かみさんはねえちゃんが何回か通っていたので「私はこの辺はくわしいに。」と自信たっぷりです。(それでも入り口がない、と騒いでいました。)

岡谷からだと30分くらいなのですが、広い敷地に立つ病院の玄関をくぐると大変なところに来てしまったという印象を持ちました。普通の病院と同じ様にものすごい混雑を予想していたのですが、紹介状を持った患者さんが原則なのでとてもゆったりしています。

きょろきょろしていると受け付けの窓口があったので

「岡谷の小口助産院から紹介されてきました。紹介状もあります。」

「そこで受け付け用紙に記入してこちらへ出してください。」

用紙に記入して紹介状・保険証・母子手帳と一緒に窓口へ出すと、

「カルテを作るあいだしばらくお待ちください。」

一奈はだっこされてご機嫌で寝ています。

「特診科ですね。すぐそこがそうですので、そちらにカルテを出してください。」

特診科

言われてみると受け付けの隣が特診科です。この病院はオープンスペースらしくて科毎の入り口にも扉がありません。受け付けでカルテを出すと、

「しばらく待合室でお待ちください。」

この待合室も診察室のコーナーがそのままそのスペースになっています。特診科の診察室も普通の歯医者さんにある、座るとそれだけでどきどきしてしまう例の“泣く子も黙る歯医者さん専用診療イス”が幾つか並んでいて、それに赤ちゃん用らしい“アイロン台を大きくした”ようなかわいいプリント柄の診察ベッドが並んでいます。

待合室ではちょうど一奈くらいの赤ちゃんをだっこしたおかあさんが2人いました。

「みんな“つれ”を切ってもらいにきたのかなあ。」

「そんなにたくさんいるのかなあ。」

「でもきっとそうだに。あの子も毛が立っているもん。」

待っている間にも「キーン、キーン」というあの音がして、いやがおうにも雰囲気が盛り上がります。治療が終わったらしい男の子が泣きながら出てきたりして、こちらの歯が痛くなりそうです。

「話しかけてもいいかなあ。」

「そうしてみたら?。」

「こんにちは。やっぱり、上口唇のつれですか?。」

「そうです。小口さんの紹介できました。12月生まれの2ヶ月です。」

「うちも12月なんです。おとつい小口さんで診てもらって今日やってきました。」

「早いですね。うちは12月に診てもらって迷っているうちに遅くなってしまいました。」

「うちの娘は髪の毛も逆立ってしまって.....」

「この子は3人目ですが、上の子もやっぱり逆立っていましたよ。」

「そうですか。安心しました。うちは上の子が毛がなかったからわからないんですよ。」

うーん、なかなか不毛な会話を繰り広げています。でも仲間がいるというのはやはり心強いものですね。

「竹内一奈さんどうぞ。」

いよいよ呼ばれて診察室へいきます。最初はアイロン台みたいな診察台に一奈を寝かせました。

笠原先生

「紹介状は拝見しました。ちょっと口の中を診せてね。」

笠原教授はとってもやさしそうな先生です。一奈はべろんと上唇をめくられてもおとなしくしています。

「これは切ったほうがよさそうですね。どうします?。」

「授乳にも時間がかかりますし、将来歯並びが悪くなったり、発音に問題が出るとかわいそうです。ぜひお願いします。」

力説しないと手術してもらえないと聞いていたので必死です。

「歯並びや発音はまだだいぶ先の話しだからね。あせらなくてもいいと思います。じゃあ、やりますか。なにか心配なことはありますか。」

「手術の後、泣くでしょうか?。」

「そりゃあ痛いから少しは泣くでしょうね。」

「授乳はどうでしょうか。」

「次の授乳から普通にやって大丈夫です。」

「着替えは持っていますか?。」

「用意しています。」

「泣くと汗をかくので着替えさせてください。」

(そんなに泣くんだろうかとちょっと心配になった。)

「では、よろしいですか?。準備に時間がかかりますのでしばらく待合室でお待ちください。」

紹介状の威力でしょうか。笠原先生も納得してくれたようです。待合室に戻るとさっきかみさんが話しをしていたおかあさんが「どうだった?。」という顔をしていました。

「しばらくしたら手術してくれるって。」

「そう、よかったね。」

その子供さんもじき診察室に呼ばれていきました。

いよいよ手術だ!

「竹内一奈さん、準備ができました。」

名前を呼ばれたので一奈をだっこして待合室を出ようとすると、

「じゃあ、ここでお預かりします。手術は5分くらいで終わりますので待っていてください。」

親も一緒に行って“押さえる係り”でもやらなくてはいけないかと心配していたので気が抜けました。一奈は看護婦さんにだっこされて奥のほうへ連れていかれました。

「泣いてるかなあ。」

「でも聞こえないね。」

「大丈夫かなあ。」

「大丈夫でしょ。」

もう終わったの?

「竹内さん、お待たせしました。」

看護婦さんが連れていって10分は経っていないと思います。唇の周りを血だらけにして無事手術が終了した一奈が戻ってきました。別段ヒーヒー泣いてもいないようです。

「はい、終わりました。おりこうでしたよ。こちらにお掛けください。」

先生が手術の様子を説明してくれます。

「歯茎の下までこう繋がっていたので、ここをこう引っ張って4針縫って、切りました。糸は溶ける糸で縫ってあるので抜糸の必要はありません。ただ1週間経ってもう一度見せてもらって溶けてなかったら抜きましょう。」

「おっぱいはどうすればいいですか。」

「授乳はさきほど言ったように次のおっぱいからすぐ飲ませてかまいません。ただ、麻酔が効いていますのでうまく飲めないかもしれません。傷が白っぽくなるのは心配ありませんが、赤く腫れてくるようならば予約してなくても構いませんからすぐ来てください。今までに何人も切りましたが、化膿した子供さんはいなかったので心配はないと思います。小さな子供さんには薬は出していませんので化膿止めなども特にありません。お風呂も普通に入ってもらって結構です。」

「ありがとうございました。」

「それではお大事に。」

ああ、良かった。手術はうまくいったようです。1週間後にくる日を予約して診察室を後にしました。一奈はまだ少し出血しているせいか、こほんこほんとむせたり、血の混じった泡を吹いています。

お金はいくら?

「受け付けで会計を済ませてお帰りください。」

「わかりました。」

「あそこが会計だから行ってくるね。」

いくらかかるのかちょっと心配です。

「へっへー、いくらだったと思う。?」

「だいぶかかったのか?。」

「なんと、2160円!。」

「なんだ。保険が効くんだね。そりゃ安くて良かった。」

良かったね。

一奈をだっこして病院を出ました。痛がる様子もなくていい子に寝ています。

「一奈の手術が無事終了した記念にどこかでおいしい物でも食べていこうよ。治療費も安かったしね。」

「そうだな。そうするか。」

来たときとはうって変わって、足取りも軽く病院を出ました。

「無事終わってよかったね。」

応援団だけでご苦労さん会をやっている間も一奈はよく寝ています。特別痛がっている様子もありません。口からは相変わらず少しずつ出血しているらしく、血の混じった泡を吹いていますが特に心配することもないようです。

少し変わった。

家に帰ってから手術後最初のおっぱいをやってみました。くわえても痛がる様子もなくて「ごくごく」と飲みます。

「あれ、唇の形が少し変わったよ。」

「そうお?。」

「飲ましてるとわかるんだけど、上の唇を巻き込まなくなったよ。」

「じゃあ、少しは効果が現れているんだ。」

お風呂は入ってもいいといわれていたのですが、心配だったので今日だけはやめにしました。

2〜3日後

手術してから2〜3日しても一奈には特別心配なことは起きませんでした。縫ったところがどうなっているのか見てみたい誘惑にかられるのですが、べろんとめくって縫ったところがほどけてしまったら目もあてられないのでじっとがまんしました。

「飲みかたはどう?。」

「ずいぶん楽になったよ。」

「ごっくん、ごっくん。」

「切る前は“ちゅーちゅー”って音がしていたのにだいぶ変わってきたね。」

「飲みやすくなったみたいでおっぱいの時間も10分くらいになったんな。」

「気のせいか、髪の毛もだいぶ寝てきたような気がするんな。やっぱり、イライラしとったんだなあ。」

「そりゃよかった。」

再び、歯科大。

次の週の17日、抜糸のために歯科大に行きました。今度は再診なので、診察券を受け付けのコンピュータに差し込むだけです。

「竹内一奈さんどうぞ。」

「ここへ寝かせておかあさん押さえていてください。」

3人がかりで押さえられて一奈もさすがに、泣き出しました。かみさんもちょっと緊張しています。

「ちょっとお口を見せてね。あー、うまくついてますね。じゃあ、糸を抜きましょうか。」

初めて手術の後を見ましたが“つれ”は半分くらいになっています。

先生がすばやい手つきで糸を切って抜いてくれました。

「はーい、終わったよ。悪かった、悪かった、もう泣かない。」

「順調に治っていますから、安心してください。今日でもうこなくて結構です。最近は歯が生えると同時に虫歯になってしまう子供さんも多いので、次の点には注意してください。」

・歯が生えはじめたら寝る前に汚れをぬぐってやること。

・ほ乳ビンで甘い飲み物を与えないこと。特に寝る前はぜったいにだめ。(だらだらと飲ますのがいけない。)

・おっぱいでも寝ながら飲ますと虫歯になる。

・虫歯になったらすぐに治療すること。

「おにいちゃんはどうかな。ちょっと診せてみて。」

不意に言われて優一もあせっています。(かみさんもわたしもですが。)

「歯が生えてきたら一度診せに来てください。」

「どうもありがとうございました。」

2度の歯科大通いもこれで終わりました。2度目の費用は130円でした。

最後に

小口先生に“つれ”のことを指摘されたときはどうなることかと心配していましたが、歯科大での治療も無事終了しました。

短い期間でしたが、手術を受けるまでにはやはりいろいろと心配なことが次から次へとわきあがり私もかみさんと話しをしました。

この文章は娘一奈が“上口唇のつれ”の手術を受けるにあたっての私達夫婦の迷いやとまどいをまとめてみました。同じ様な子供さんを持たれるおとうさん、おかあさんの参考になれば幸いです。

手術が終わった今、「治療してもらってよかったなあ。」という気持ちでいっぱいです。一奈も喜んでいると思います。歯科大の笠原先生、小口先生ありがとうございました。

(終わり)